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「嬉しかった時」「悲しかった時」「励まされた時」・・・。そんな時に食べた洋菓子(patisserie)の味をもう一度。

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東日本大震災後の息子の卒業祝いのケーキ

   

東日本大震災後の息子の卒業祝いのケーキ

 

私達家族の住む関東地方は大きな被害は有りませんでしたが我々の街は震度4でした。

 

今まで体験した事の無い大きな地震と、繰り返す余震。

そして震災から数日後に始まった計画停電で、子供たちも我々も気が気ではありませんでした。
長男が気が気でない理由はもう一つ。

 

3月11日は息子の卒業式を1週間後に控えていて、卒業式の夕飯には息子の好きなバイキングレストランに行き、沢山食べてデザートも沢山食べようと約束しておりました。

 

『卒業式は中止になるかもしれない』と言われたのは、やはり余震と計画停電の影響。

 

しかし東北の人達の事を考えれば、卒業証書を貰えるだけでも有り難い事なので、我々保護者も異論を唱える人などいませんでした。

 

計画停電の影響は勿論ですが、物流が寸断された影響で、コンビニに行っても大した物も変えず、米や水は買い占められ、ガソリンは並んでも買えない様な状態。我々の街もジワジワと震災の影響を受けていました。

それでも先生方の尽力で、卒業式は式次第を簡略して執り行っていただき、子供たちも不安の中で少しだけ安心感を取り戻した様でした。

 

卒業式の夜、我々の街は計画停電。

息子の好きなバイキングレストランも、料理が提供出来ないとのことで休業中。

ケーキどころか、派手な夕食を頂くのも憚られる様な状態です。

 

早めに食事を済ませ、18:30から始まった計画停電。

倉庫から引っ張り出してきた灯油ストーブの前で、家族4人で長男の小学校の思い出に花を咲かせていました。

 

電気が切れた後、暫くすると玄関先で『こんばんはー』と女性の声が聞こえたので、窓から覗くと、近所に住む長男の同級生の女の子とそのお母さんが懐中電灯を持って立っており、何か困った事でもあったのかとすぐにドアを開けました。

 

その女の子は息子の卒業祝いの為に、ケーキを焼いて持ってきてくれたのです。

 

折角だから2人にあがって頂き、暗いリビングでロウソクの明かりの中、2人の卒業を祝いました。

 

物不足のなかで、本当は先方のご家族の為に使う筈だった有りったけの材料で作ってくれたそのケーキは、イチゴやクリームの派手な飾りなどは無いものでしたが、とても優しさに満ちた美味しいケーキでした。

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