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「嬉しかった時」「悲しかった時」「励まされた時」・・・。そんな時に食べた洋菓子(patisserie)の味をもう一度。

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大学の合格祝いに母が焼いてくれたいちごのデコレーションケーキ

      2017/01/29

大学の合格祝いに母が焼いてくれたいちごのデコレーションケーキ

私が高校3年生のときのことです。

当時の私は地元の国立大学を目指し、受験勉強に励んでいました。

 

ですが、1月のセンター試験では思うように得点できず、2次試験も受けてはみたものの手応えがない、というような状況でした。

 

なので、3月の合格発表の前日、母が一緒に見に行こうと誘ってくれたのですが、「どうせ自分の名前はないのだから行きたくない」と断ってしまいました。

とても冷たい言い方をしてしまったように記憶しています。

 

それでも母は何も言わず、ただ「分かったよ」とだけ返事をしました。
合格発表の当日、午前10時がその時刻でした。

 

今では考えられませんが、その当時は地元のローカル局で合格者速報というのがテレビ放送されていたのです。

 

合格発表の時刻になるとテレビ画面に合格者名簿がアップで映り、局のアナウンサーがそれに合わせて合格者の氏名と出身高校を読み上げる、というものでした。

 

 

私はリビングの脇の小さな和室でひとり、そのテレビを見ていました。

どうせダメだろう…と思いながら。

 

私が受験した学部の紹介になると、緊張感が高まりました。

じっと見ていると、何と私の名前があったのです。とても嬉しくて涙が出ました。

 

母も祖母も、きょうだいも別の部屋でこっそりテレビを見てくれていたようで、みんなに祝福してもらいました。

父も職場でこっそりと、ラジオ放送を聞いてくれていたそうです。(当時はラジオでも発表がされていたのです。)
その日の午後、母がケーキを焼いてくれました。

いつものいちごと生クリームのデコレーションケーキでした。

 

 

夕食の際、家族みんなでささやかな合格祝いをしました。

 

最後に、母が焼いてくれたケーキを切り分けてみんなで食べました。

母は素人ですので、お店のようなケーキではなかったですし、確か生クリームも値段の安い植物性のものを使っていたはずです。

 

ですが、本当に美味しかったのです。

ちょっと微妙な感じだった生クリームのデコレーション、今でもはっきりと覚えています。

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