patisserie-kuri

「嬉しかった時」「悲しかった時」「励まされた時」・・・。そんな時に食べた洋菓子(patisserie)の味をもう一度。

*

東日本大震災の当日、寒く真っ暗な夜に食べたホットケーキ

      2017/03/26

2011年3月11日。

明日から週末という金曜日のことでした。

 

私の住む茨城県の県北地域では、その週の月曜日にチラホラと雪が降り、金曜日も雪が降ることはなかったものの、気温の低い、とても寒い一日でした。

 

その日、午後から美容室へ行き、後に車で30分ほどの私の実家へ行くつもりだった私は、朝のうちに、甥っ子達へ差し入れするおやつを作っていました。

と言いますのも、その数日前に甥っ子達と一緒にテレビを見ていた折、バラエティ番組のなかで美味しそうな肉巻きおにぎりが紹介されて、それを見た彼らから私へ、肉巻きおにぎりを食べたい!とリクエストがあったからです。

 

彼らの母親はフルタイムで忙しく働き、時に帰宅時間が遅くなることもありました。

すると、小さい子供達がお腹を空かせて夕飯を待たなければなりません。

 

そんなこともあり当時、時間に余裕のあった私は時折、彼らのために、手作りおにぎりやサンドイッチ、ホットケーキなどを差し入れしていたのです。甥っ子達は私の作るものを、いつの喜んで食べてくれていました。なかでも、彼らが特に気に入ってくれていたのは、私の作るホットケーキでした。

 

3月11日の朝に肉巻きおにぎりを作った私は、出掛けるまでに時間があったため、追加でホットケーキも焼いておきました。午後に美容室から戻ったら、すぐに肉巻きおにぎりとホットケーキを持って実家へ行くつもりで支度しておいたのです。

 

夕方の6時過ぎ、私が車を運転してから、かれこれ2時間近く経とうとしていました。

本来なら30分で到着できるはずの実家へ行くためです。震災の影響で、あらるゆ道路が大渋滞でした。

 

ようやく実家へ到着し家族の無事を確認できたとき、車に積んであるままの今朝作っておいた「おやつ」の存在を思い出しました。

 

いつもなら、ほんのり温かい生地にメイプルシロップをかけて食べるところですが、その晩は、もう冷たくなってしまったホットケーキです。

あらゆるライフラインがストップしていたためです。

 

それでも、懐中電灯の灯りのみの暗い部屋で身を寄せ合い、皆で分けながら食べたホットケーキは、何が起こってしまったのだろう?これからどうなるのだろうか?とパニックになりそうな不安から、一瞬、冷静にさせてくれ、どんなに暗い夜でも必ず朝が来ると励ましてくれたケーキでした。

 - 励まされた時のケーキ(patisserie), 忘れられないケーキ(patisserie) , , , , , ,

  関連記事

東日本大震災後に初めて食べたケーキに勇気づけられた

  東日本大震災で私の家は、所々損傷を受けました。   家が …

泣いてる私に友達が作ってくれたパウンドケーキ

高校生2年生の時、思い切って部活の先輩に告白したことがあります。 後にも先にも自 …

妻の優しさ、ありがたさを痛感した仲直りのガトーショコラ

家計の助けになればと失業中の私が始めたFX。 しかし、安易に始めたものがまさかこ …

東日本大震災後に食べた息子の誕生日ケーキ

  20011年3月11日東日本大震災が発生しました。 私はこの時、ま …

東日本大震災で不安だった時に主人が購入してくれたケーキについて

2011年の3月11日はまさに私にとって忘れられないない日となりました。 &nb …

東日本大震災後、思いをケーキにのせて

  東日本大震災が発生したとき、東京都内の自宅にいました。 &nbsp …