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「嬉しかった時」「悲しかった時」「励まされた時」・・・。そんな時に食べた洋菓子(patisserie)の味をもう一度。

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東日本大震災後、思いをケーキにのせて

      2017/08/01

東日本大震災後、思いをケーキにのせて

 

東日本大震災が発生したとき、東京都内の自宅にいました。

 

直接大きな被害を受けたわけではないですが、長い時間かなり揺れておりびっくりしたと同時に恐怖を感じました。

 

実は私は、阪神淡路大震災も経験しています。
とにもかくにも、すぐにつけたラジオから流れてきたニュースに驚きました。

なんと東北地方では津波が起きているというのです。

 

 

テレビを見たら、どこのチャンネルも地震と津波のニュースでしたが、畑一面を泥水が規則的に覆っていく様は何が起きているのか理解が追いつきませんでした。

 

そもそも、津波自体がどれほどの被害をもたらすかなど想像したこともありませんでした。

すべてを飲み込み、消し去ったあとの街に何か手助けできないだろうか・・・との思いは日ごとに増すばかり。

何もできないまま、どんどん日数が過ぎて、悲しいニュースを目にする日も多くなっていきます。
そんなある日、高知から来た友人が宮城に向かう途中に我が家に寄ってくれました。

彼女は宮城にいる親戚のもとに行くとのことで、その前に私の家でケーキを作っていきたいと言いました。

 

パティシエをやっているのですが、被災地に生クリームが乗ったケーキは持っていけません。

 

日持ちのする、しっとりとしているけれど固い目のパウンドケーキを我が家に滞在していた3日間で30本作り、一緒に来ていた旦那さんとともに宮城まで担いでいきました。

私が被災地に行っても何もできなかったり、助けに行っても自分のことで精いっぱいになりそうだと正直思っていたので、彼女のケーキ作りに参加させてもらいました。

 

お菓子を作ることはあっても、おしゃれなお菓子ばかりつくりたがるミーハーな私ですが、このときはどうか被災地のみなさんがホッとできる一瞬を提供したいとの思いで、ケーキを作りました。

こんなに人のことを思って作ったお菓子はきっと、あとにも先にもないと思います。

 

思いを託して、彼女たちは宮城の親戚の元へ向かいました。

その時のことを話してくれましたが、焼いた30本のケーキは親戚の方をはじめ、近隣のおうちの方に配ったそうです。

 

被害を受けた方と幸いそんなにひどくなかったという地区だったそうですが、みんなで協力して(ボランティアの方も含め)片付けに追われている中で決していい雰囲気とは言えなかったわけです。

 

そんななか、ケーキを見た途端、みんな嬉しそうに食べてくれたと教えてくれました。

あとで食べるね、ではなく、その場でみんなが集まってきてケーキを食べたそうです。

 

彼女自身もパティシエをやっていて、こんな状況でこんなにもたくさんの人が本当に喜んで食べてくれていることに感謝しっぱなしだったと教えてくれました。

 

つらい状況のなかで食べる甘いものは、人を安心させてくれます。思いをたくさんこめて作ったケーキでしたから、実際には何もお手伝いできず勝手な思いですが少しでもみなさんの一瞬の笑顔の力になれたのかなと思うと、遠方からですがとてもうれしい気持ちになりました。

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